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アイドル批判序説

──批判的アイドルとしてのモーニング娘。──


痛井ッ亭。 itaittei.






 モーニング娘。とはどのような「アイドル」なのだろうか。「アイドル」という概念とモーニング娘。とは、どのような関係にあるのだろうか。
 本稿は、モーニング娘。を「アイドル」でありながら同時に「アイドル」を内在的に批判する批判的アイドルとして、いいかえれば「正統的・保守的なアイドル」と「異端的・批判的アイドル」との矛盾を巡る弁証法的運動として、複数の力が交差しぶつかり合って光を放つ力の場として読み解き、モーニング娘。のたぐいまれな独自性を解き明かすことを目的とする一つの試みである。
 ここでいうアイドルの「批判」とは、断じてアイドルの「否定」ではなく、誹謗中傷や悪口のたぐいと混同してはいけない。「批判」によって「アイドル」と「アイドル概念」の問題点を探り、いわば「アイドル」や「アイドル」を巡る様々な思考に蓄積した垢を洗い流し、アイドルにふさわしいありかたを目指して我々自身の「アイドル」に対する思考を鍛えていくことこそが、本稿の「批判」の目標である。「脱構築」が単なる陰湿な揚げ足取りのテクニックではなく肯定の作業であるのと同じように、「批判」もまた対象に対する肯定の作業でありうるはずだ。

[2008.8.21]

目次
■アイドルを定義する試み: アイドルの定義(最広義) アイドルの定義(広義) アイドルの定義(狭義) 「アイドルとして売る」ということ そして「アイドル」の地位下落 「アイドル対アーティスト」という擬似二項対立 「アイドル」言いかえ用語集
■モーニング娘。論のための簡単な前史: アイドル神話の崩壊へ ──超簡略版モーニング娘。前史1 「80年代は女の時代」フェミニズムの高まり ──超簡略版モーニング娘。前史2 女子大生ブームから女子高校生ブームへ ──超簡略版モーニング娘。前史3 「アイドル冬の時代」 ──超簡略版モーニング娘。前史4
■モーニング娘。試論: モーニング娘。にとって「アイドル」とは何か(問題の再提示) 『ASAYAN』(1) ──虚構と現実の境界の曖昧化

アイドルの定義(最広義)

 「アイドル」の原義はさておき、現在の日本においては、「アイドル」という語はどのような存在を指示するものとして通用しているだろうか。
 おそらく、最広義では「多くの人々から愛されている人ないし生き物」と言えるのではないか。この定義は、モーニング娘。から、お店の看板娘から、職場の花的女性、ゴマフアザラシなどの動物に到るまで包括することができるが、まだ曖昧だ。
 マグロの刺身が大好きであっても、通常マグロをアイドルとは考えない。その仕事ぶりによって愛される職人(料理人、パティシエ、美容師、etc)なども除外すべきだろう。つまり、その有用性によって愛される存在はアイドルとは考えない。とすれば、定義は(1)「その有用性に関わらず、存在(の様態)そのものによって多くの人々から愛されている人(ないし生き物)」と修正できるかもしれない。
 なおこの論考では、マンガやアニメなどの二次元キャラクターについては考慮しない。確かに人間の似姿であるそれらのキャラクター(ルパン三世や峰不二子、キューティー・ハニー、セーラームーンやプリキュア、etc)にもアイドル性を認めることが出来ると思うけれど、創作上の創造物のアイドル性を考えるのは、かなり難しい論点を含むうえに、議論の焦点が曖昧になると思われるので。

[2008.8.19][2008.8.21改]
コメント

アイドルの定義(広義)

 しかしここではゴマフアザラシについて論じたい訳ではなく、あくまでモーニング娘。を論じようと目論むのだから、アイドルの定義をさらに限定する必要があるだろう。
 とりあえず、アイドルの定義に「何らかの表現活動に関わりつつ、」という限定を加えてみよう。この「表現活動」は音楽活動、舞台や映画への出演、テレビバラエティやラジオ出演、写真集製作、アニメ声優などを包括する。上記(1)の定義における、「有用性」は、とりあえず表現活動やその結果である作品などの「美的価値」と置き換えてみることが可能だろう。だとすれば、限定された定義は、(2)「何らかの表現活動に関わりつつ、その美的価値に関わらず、存在(の様態)そのものによって多くの人々から愛されている人」となるだろう。(人以外の生き物は、通常表現活動には関わらないと思われるので除外しよう)
 この定義では、ゴマフアザラシなどの動物や、看板娘などは除外される。
 僕の個人的な考えでは、この定義をアイドルの基本的定義とするのが、何かと便利であるように思える。
 ギター演奏の芸術的内容ではなく、その可愛らしさによって愛されているとすれば村治香織はアイドルであろう。(村治香織に限らず、クラシックの世界でも美人歌手・美人演奏家の類はアイドル的であることから免れることは出来ない。)
 ピアノ演奏の芸術性ではなく、その数奇な運命やら人生の持つ重みによってカリスマ性を帯びるフジ子ヘミングは、この定義ではアイドルピアニストである。
 優れた演技力など無関係に、テレビのバラエティ番組でオヤジギャグを連発してウケている江守徹は、日本を代表する実力派俳優ではなく、ただのアイドルおじさんである。
 評論家斎藤美奈子は『文壇アイドル論』において数々の文学者(村上春樹、俵万智、吉本ばなな、etc)をアイドルとして分析してみせた。(この優れた論考は、アイドル論としても大きなヒントを与えてくれそうな気がする。)
 あるいは、偉大な哲学者であっても、その著作の内容を離れて、伝記的なエピソードに見える人間臭い側面をつい愛してしまうようなとき、その哲学者は僕にとってアイドルなのだと思える。

 しかし、この広義のアイドル概念では、ジャニーズやハロプロの「いわゆるアイドル」たちを定義するには、まだまだ漠然としすぎているだろう。彼らを論ずるにふさわしい、さらに狭義のアイドル概念が定義されねばならないが、僕自身は、ここで、ひとつの壁にぶつかるのを感じる。
 一体、何をもって、フジ子ヘミングらと、「いわゆるアイドル」を区別すべきか、いかなる限定を加えることで、「いわゆるアイドル」にふさわしい狭義のアイドル概念を定義することが出来るのか。
 年齢や容姿という、ある意味身も蓋もない要件がそれにあたるのだろうか。
 あるいは、あのおぞましい「処女性」という概念が、陰湿なやり方で背後から「いわゆるアイドル」をそれ以外のアイドルから選別しているのだろうか。
 それとも、もっと別な何かが、「いわゆるアイドル」を「いわゆるアイドル」たらしめているのだろうか。
 その何かを、あえて今は語らずに置き(もったいぶるほどのことではないが)、その年齢や容姿以上に身も蓋もない要件について語る前に、少々迂回路を経由したい。

[2008.8.19]
コメント

アイドルの定義(狭義)

 アイドルの原義は「偶像 idola」で、宗教的な崇拝の対象、すなわち神(=目に見えない存在)の、目に見える代替物として偶像が求められたのだった。
 時代がくだり、アイドルにはもっと世俗的な意味が付け加わる。宗教的な対象ではなく、世俗的な存在が崇拝・執着・愛慕の対象となる。映画スター、ロックスター、スポーツ選手など。そして時と共に、アイドル女優、アイドル歌手、バラエティーアイドル(バラドル)、グラビアアイドル(グラドル)、アイドルAVギャル、アイドル声優、地下アイドル、ネット限定アイドル……などなど、その世俗化・多様化・拡散化はとめどもなく進行し、現在の状況に到る。

 いつからのことなのかを実証的に論じることは出来ないけれども、アイドルの世俗化とともにアイドルの物象化も同時に進行したと思われる。あるいはアイドルとは当初から物象化の結果なのかもしれないが(ある対象を崇拝するという意識から、ある対象が崇拝されるべき性質を備えているという固定的な認識への物象化的転換が起こるときにその対象が偶像化するという論理)。そもそもは「受け手」が崇拝する対象が「アイドル」と認識される、というのが、「受け手」と「アイドル」との基本的な関係であったはずだ(それは理論上の仮構にすぎず、実在しなかったのかもしれないが)。
 つんくが、ハロプロメンバーは基本的にはあくまでも歌手(アーティスト)であって、それをアイドルと看做すどうかはあくまでもお客さんが決めること、という趣旨の主張を繰り返すのは、この原則論の表れである。
 しかし現在では、その本来の関係は、ほとんどの場合、転倒し、物象化している。好きだから崇拝し結果的にアイドル視する、ということではなく、そもそも「アイドルとは崇拝すべきものなのだ」という意識が生じる。あるいは、「アイドルだから崇拝する」という態度も生じる。
 本来的には「受け手」と「アイドル」の関係は流動的な、個々の関係性であり、そのような関係性の結果が「アイドル」(崇拝されているもの)という存在様態を生むはずだ。しかしその関係が物象化されると「アイドル」自体に「崇拝されるべきもの」という属性が、事前に、客観的に、受け手の意識とは関わりなく存在しているように認識(廣末渉の用語で言えば《物象化的錯認》)されるようになる。本来、社会的関係性であるものが、固有の実在と認識されることを物象化と言う。

 このように認識という次元ではアイドルの物象化が進行したと思われるが、それは同時に、社会的実体のレベルで、アイドルをアイドルたらしめる(認定する)主体が受け手から送り手の側に移行した、という事態と並行的であると言うことができるだろう。
 その最初の原型的形態は、おそらく近世から見られる「スターシステム」にあるのではないだろうか。例えば江戸時代の歌舞伎役者。花形役者を描いた浮世絵は、今で言うアイドルのブロマイドに相当するものだった。またハリウッド映画でスターシステムが形成されるのと競うように、日本映画でも最初期(20世紀初頭)に早くも映画スターが誕生していた。
 1950年代には日活のアクション路線映画で、石原裕次郎、小林旭、浅丘ルリ子、岡田真澄らがスターとなり、1960年代には日活青春路線映画で吉永小百合、高橋英樹、渡哲也、藤竜也、杉良太郎などの数多くのスターが生まれた。彼らは一般に「日活青春スター」(注)と総称されるが、彼らこそ現在におけるアイドルへと連なる源流と言えるかもしれない。
 ここでは往年の文化産業の花形である映画産業がみずからスターとして売り出した存在が、映画作品を通じて大衆に認知されて実際にスターになる構造が確立していた。
 やがて時代は映画の時代からテレビの時代へ移り変わる。テレビは最初タレントをテレビ以外の芸能分野(映画や漫才などの大衆演芸)から呼び寄せた(最初の映画スターも元は歌舞伎役者だった)。しかし、やがてテレビ業界自体が自前でタレントを育成するようになる。テレビタレントの出現である。
 そして本論考の主題である「いわゆるアイドル」殊に女性アイドル歌手に関して言えば、おそらく『スター誕生!』というオーディション番組によって、アイドルは完全にテレビ業界と芸能事務所が協力して意図的に生産する存在になったと言えるのではないか。この番組から、森昌子、桜田淳子、山口百恵(いわゆる中三トリオ)、ピンクレディなどが輩出しており、我々が日常「アイドル」としてイメージする存在と完全に地続きの「いわゆるアイドル」の系譜が始まっていると言えるだろう。
 つまり日本(おそらくアメリカなどの諸外国においても同様に)の「いわゆるアイドル」は、そもそもメディア(=文化産業)が生産した生産物であり、特にテレビメディアの普及とその巨大な影響力を抜きにしてアイドルを語ることはほとんど不可能だと思われる。(われらがモーニング娘。の原メンバーたちもまた、最初は『ASAYAN』という「オーディションバラエティ番組」のオーディション参加者としてメディアに登場し、やがて、インディーズCDの手売りというイベントを経てメジャーレーベルからCDデビューし、やや時間を経てようやくコンサートを開催しうるライブパフォーマーとしての実力を身につけるに到ったという流れがあり、出発点におけるテレビメディアの重要性は明らかだ。)
 ここでまで来れば、現代的なアイドルの狭義の定義を導けるだろう。すなわち、(3)「文化産業(そしてメディア)がアイドルとして売り出すものがアイドルである。」という定義である。
 まったく身も蓋もない定義だが、我々が「いわゆるアイドル」(ジャニーズ、ハロプロなど、芸能事務所に所属するアイドルたち)を想起するとき、その存在と過不足なく一致する定義としては、おそらくこの定義が最適なのではないか、と感じる。
 ただし「文化産業がアイドルとして売り出す」という行為も単純ではなく、それが直ちに「正面からアイドルと銘うって売り出す」ことを意味するわけではない。内実はアイドルであるのに、その包装紙には「アーティスト」「アダルト歌謡歌手」などと書かれていたりする事はしばしば起こりうる。
 また、文化産業の側も、大衆がそれを受け入れるであろうことを計算し、商売として成立することを見越した上でアイドルを売り出すのであるから、まったく一方的に大衆にアイドルを売りつけているとは言えない、という異議もありうる。が、文化産業にとっての大衆は、巨大なマスであり、統計的調査分析と管理と操作の対象ではあっても、対等な意見交換の相手方ではありえない。それは基本的に、絶対的非対称性をもつ関係なのだ。

(注:彼らに関せられた「青春」の一語が、「アイドル」を考えるとき重要な意味合いを帯びてくるようにも思われる。若々しいこと、未成熟であること、そして未来に可能性を持っていることが、肯定的な価値として称揚されること。)

[2008.8.21][2008.8.26修正]
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「アイドルとして売る」ということ そして「アイドル」の地位下落

 前節で提示した定義(3)の「アイドルとして売り出すものがアイドル」という表現は、見たとおり、単なる同語反復である。「アイドルとして」の「アイドル」には定義(2)の内容を挿入しておくことにしよう。
 では「アイドルとして売る」とはどういうことだろうか。その内容について考えてみる。

 「アイドル」は人間的な魅力そのものにより愛される。人間的な魅力が「売り物」化される。当然、送り手側は、芸の質、演技や歌唱などの技量はさておき、「売り」である「人間的な魅力」で売ろうという姿勢に傾斜する。「実力はさておき」売れるので商売になる、という存在が「アイドル」と見なされるようになり、(それにより/同時に)「実力で売れる」存在については「アイドル」との差別化が図られる。そして「アイドル」という観念は「実力がない」という否定的な意味合いを帯びはじめる。
 こうして、アイドルの価値の下落、神話的オーラの喪失が進行する。「嘲笑・軽蔑の対象としてのアイドル」という認識が生まれる。ちょっと可愛いだけで何の芸もない存在。「アイドル歌手」は低く見られる存在になり、より高いところに「シンガーソングライター」や「アーティスト」がいる、という階層的な位置づけがなされる。「アイドル歌手」は見た目だけ、「アーティスト」は実力がモノをいう、という差別化が定着する。
 世間一般からみればくだらない存在である「アイドル」にわざわざ入れ込む人間は、外から見れば「残念な」「痛い」人々となり、アイドルの受け手は地下化(サブ化)する。これは、大衆文化の花形であったアイドルがある種のサブカルチャー(下位文化、メインカルチャーよりも低位に位置づけられる)に転落したとも言えるし、オタク文化化したとも言える。

 「人間的な魅力」のうち、一番分かりやすく、即効性があり、売り上げに直結する要素は外見、容姿。それは大衆を、利益をひきつけるという事実がありながら、しかし/それゆえ、外見は敵視と軽蔑の対象にもなる。人間、外見じゃない。見た目より中身でしょ。
 しかし、中身を磨くのは容易ではなく、時間が掛かる。外見と中身を兼ね備えた稀有な存在を探し出すのは難しい。そこで、アイドル産業は、必然的に、「内面の美しさなど、目には見えないし、ごまかせる」という考えへと向かう。アイドルの「プロフィール」などは事務所が用意し、「アイドル」像から逸脱しない受け答えの仕方を指導するような流れ。似たり寄ったりのプロフィールの氾濫、画一化。あたりさわりのない趣味や特技の羅列。
 「内面」がステレオタイプ化するだけでなく、おそらくは、「外見」の画一化も起こったと言えないだろうか。文化産業が売り出す「人間的な魅力」が、ほぼ「容姿」に集約され、その中から、大衆が好む容姿が取捨選択され、その基準に適う容姿がメディアに頻出することにより、「大衆の好み」を再生産する。その過程が反復継続される結果「美形」のステレオタイプ化が進行するだろう。
 各々の差異さえ曖昧になった「アイドル」が、さらに過剰に生産・供給される現状に到ると、受け手が「アイドルとして提供される商品」の中から選択するような状況になる。選択されなかった者は、やがて「アイドル」として売られているくせに、崇拝はおろか愛着の対象ですらない、というよくわからない存在になりはてていく。

[2008.8.25]
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「アイドル対アーティスト」という擬似二項対立

 アイドルとは何か、というような議論において、しばしば持ち出されるのが「アイドルか? それともアーティストか?」という二者択一だ。
 しかし筆者のみるところ、それは、実質的な意味のある二項対立的概念などではない。いわば擬似二項対立であり、擬似問題である。
 そもそも現状の文化産業においては、アイドル性のないミュージシャンが「アーティスト」として売り出されることなどほとんど例外的な事態である。念のため言い添えれば、ここでいう「アーティスト」とは文化産業やメディアが「アーティスト」というラベリングをして売り出す存在のことを指しており、世俗的な成功や商業的に認められるかという問題を度外視して己の芸術的信念に基づいて創作活動を行う《芸術家》とはまったくの別物である。
 そもそも「歌手」を売る側の呼称としては「アイドル」も「アーティスト」も、一様に「アーティスト」なのだが(注)、それを受け手へと媒介するメディアや受け手の側が勝手に「アイドル」と「アーティスト」へと、それを二分しているはないか。この二分は慣行と言ってもいいし、やや硬い言葉で言えば「制度」であると言ってもよい。
 (注:モーニング娘。たちは、しばしば自分たちのことを「アイドル」と呼ぶが、それはまた別の論点である。これは非常に悩ましい問題を孕んだ論点でもある。)

 実際のところそれは、あるミュージシャンの「人としての魅力・価値」と「音楽そのものの魅力・価値」を分けて考えてみる場合に、前者が主な売り物になっているのが「アイドル」で、その逆が「アーティスト」とでも言う程度の、ごく相対的な区別でしかないだろう。それどころか、この相対的な区別すら怪しげなものだと思える。一般に「アイドル」ではなく「アーティスト」であると理解されている存在を思い浮かべてみる。それは、忌野清志郎でも、小田和正でも、吉田美和でも、浜崎あゆみでも、中島美嘉でも、GLAYやB'zでも、宇多田ヒカルでも、山崎まさよしでも、元ちとせでも、横山剣でも、「ゆず」でも「くるり」でも、誰でもよい、彼らの「人としての魅力・価値」(容姿、スタイル、性格、人生観・世界観、持っている空気、ファッション性、カリスマ性、etc)と、純粋な「音楽そのものの魅力・価値」とを天秤に掛けて、後者のほうが明らかに重要という存在はむしろ少数派であろう。ほとんどの場合「アーティスト」の看板は「アイドル」に掛けかえるべきだろうし、それを事事しく「アーティスト」などと呼ぶのはちゃんちゃらおかしいという場合のほうが多いのではないか。
 世間一般に行われている「アイドル対アーティストという二項対立」の内実は、所詮この程度のもので、さしたる意味はないと筆者は考える。(だが、この点は異論が多いだろうと思う)(注)。
 一般にポピュラーミュージックでは、純粋な音楽性以外の側面、すなわちファッション性、ビジュアル、世界観などなどが、そもそも「音楽的要素」に算入され、繰り込まれている。例えば「ビジュアル系」という「音楽ジャンル」(!)をはじめとして、ポピュラーミュージックの「ジャンル」区分は、ファッション性や人格態度やカリスマ性や世界観(民族的アイデンティティなども含め)などと切り離せない。である以上、上記論旨の出発点となっている「人としての魅力・価値」と「音楽そのものの魅力・価値」との区別自体が、そもそも困難になっていると言えるからだ。
 だとすれば、「アイドル」と「アーティスト」の区別を論じることは、ますます馬鹿らしいことになる。
 たとえば、ゴスロリ系の衣装を着て化粧をしてカラーリングした髪を逆立ててメルヘンチックな歌詞を激しいロック調の曲に乗せて歌う歌手は「そういう音楽をやるアーティスト」なのだと言えるとするなら、肌を大胆に露出したきらびやかな衣装を着て、恋愛や愛や平和を、可愛らしく健気に歌う歌手もまた「そういう音楽をやるアーティスト」なのだと言っても一向に構わないだろう。
 この擬似的二項対立が無意味であるなら、「アイドル」を同時に「アーティスト」と呼んでもなんらおかしくはない──「アーティスト」扱いする必要もさらさらないが。さらに言えば、筆者は、「アイドル」は同時に芸術家でもありうると考えている。後に詳述する(はずの)論点を先取りして言えば、「モーニング娘。とは《アイドル性》を表現する芸術家である」という考想が、本論の後半の主な主題を形作るはずだ。
 モーニング娘。の芸術的実践は、「アイドル」ばかりではなく「芸術」という概念にも批判を加え、「アイドル」を止揚(あるいは「脱構築」)する。

 (注:おそらくそのような異論は、誰某を「アイドル」なんかと一緒にしないでほしい、という形で「アーティスト」のファンないし信者の側から噴出するように思われる。ここには、「アイドル」は低俗で「アーティスト」は高尚、という階層性がイメージされていると考えられるが、そのような階層性もむろん幻想にすぎず、無意識かつ無根拠な「アイドル」差別意識の表れでしかないだろう。)

 (補足:個人的には宇多田ヒカルや山崎まさよしらのことを「アーティスト」という恥ずかしい呼称では呼びません。たんに「音楽家」または「ミュージシャン」と呼んでいます。)

[2008.8.26]
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「アイドル」言いかえ用語集

 「アーティスト」と「アイドル」の差異は、多くの場合実質を欠く擬似的差異にすぎなかった。そして「アーティスト」はアイドル的存在を呼びかえる語彙として(も)利用されている。原義である《芸術家》という実質は、とうに失われている。
 この「アーティスト」という呼称は、本来なら音楽家と呼んでも差し支えない存在も、「アイドル」とはイメージ戦略のうえで差別化を図りたいだけの存在も、いっしょくたにして「アーティスト」と呼んでしまえる、という懐の深さがいわばミソであるようだ。

 同じような言いかえ用語として「タレント」がある。本来は「才能」という意味で、特権的な才能をもつ人《タレント talent 》がテレビに取り上げられて有名になる、というタテマエだが、実際はテレビに出ることになった人がタレントと呼ばれるだけなので、今では誰もが「タレント」といえば「テレビに出てくる有名人」(芸能人、放送出演者)だと考えており、才能の有無とは無関係な言葉になっている。
 「タレント」は、「アーティスト」「歌手」「俳優」「芸人」などと呼べるほどには特定の分野で技術的に優れた特質がない場合に、アイドル的存在を言いかえる語彙として、殊に新聞紙上などでの肩書きとして重宝されているようだ。

 (このような言いかえの多用は差別語を思い起こさせるものがある。きちがいは精神病患者へ、分裂病は統合失調症へ、めくらは目の不自由な人へ、ハゲは頭の不自由な人へ(違う)、そして、「アイドル」は「タレント」へ?
 「アイドル」は既に差別語である、というのはさすがに言いすぎだろうが、「アイドル」や「アイドルのファン」が世間的に失笑の対象となっている現状があることは否定し難いように思える。)

 さらに、新しい言いかえ語(ニュー・カマー!)として、「アイコン icon」「ポップアイコン pop-icon 」が近年登場している。
 本来は宗教的な「聖画」(イコン)を意味する語で、アイドルという語とは極めて近い出自を持つ語だが、最近では主に洋楽などのジャンルでシーンを代表するようなカリスマ性を帯びた存在の称号として用いられているらしい。が、筆者のみるところ、「アイコン icon」と呼ばれる存在の質もどんどんお手軽化してきて、現在では、ほとんどアイドルと言ってかまわない存在を呼称する、ちょっと新しくて、オシャレな呼称として用いられているにすぎないように思われる。
 例えば、Perfume(というグループの音楽はアイドルソングとは呼ばずテクノポップと呼ぶらしいが)に関して「Perfumeはアイドルというより、むしろポップアイコンと呼ぶほうが適切であろう」とか言ったりすると、なんとなくカッコよく、なにか気の利いたことを言ったような気になれる、という効用がある訳だ。

 「アイドル」と「アーティスト」の差異、「アイドル」と「アイコン」の差異などは、多くの場合、ほとんど実体のない幻想的な差異、似たような中身で看板だけを掛けかえたような、シミュラクル的差異にすぎないだろう。包装や容器のデザインを変えるだけで売り上げがあがったり、カバーを「萌え絵」風のマンガに変えたら古ぼけた古典的書物が若者の間でブームを起こしたり、不祥事を起こした企業が名称を新しくするだけで心機一転再出発したようにみえるとでもいうような、ごくごく表層的な差異の演出にすぎない。しかしそのような差異の演出が、新しい付加価値の創出のように見えさえすれば、現実に売り上げが向上し、そのシミュラクルの目的は果たされる。それはシミュラクル社会では、ごくあたりまえの慣わしとなっている。「アイドル」を「アイコン」と呼び換えてみれば、それだけで、あら不思議、なんとなく「時代の最先端」だったり「ポップカルチャーシーンをリード」しているかのようなステキな雰囲気が生まれるのだ。アイドルは古い。アイドルは死んだ。アイドルは過去の遺物だ。これからはポップアイコンの時代だぜベイベー。とはいえ、厠を便所、トイレ、WC、といくら呼び換えてみてもそこがうんちをする小部屋であることに違いはないのだが。
 世間やメディアで死んだ死んだと言われるものが実はピンピンしていたり、新しい新しいと喧伝されるものが実はなんら新しくないということもまたシミュラクル社会の通例だろう。(注)
 とにかく実体は大差なくても「古いもの」を「新しいもの」に入れ替え、商品をどんどん回転させねばならないというのが、末期資本主義社会における行動準則なのだ。
 アイドルは死んだ、モーニング娘。は終わった、もう終わる、来年には終わる、何度耳にした表現であろうか。現実にはアイドルもモーニング娘。もしぶとく生き続けている訳だが、世の中にはそれらを終わったことにして、次のビジネスチャンスを我が手中に収めたい人たちが大勢いるのである。火のないところに煙を立てましょう。終わった終わったとデマゴーグ的キャンペーンを張って大衆をまんまと洗脳すれば、本当に終わるかもしれないのだから。

 (注:アニメ『おねがい♪マイメロディ きららっ★』の中で、主人公「マイメロディ」が敵(?)と戦う(?)ために変身するシーンが、ほぼ毎回あるのだけれど、「マイメロディ」は一見何も変わっていないように見える。そして人間界から来た「星月きらら」に「マイメロ、一体どこが変わったの?」と訊ねられる。その答えは(うろ覚えで恐縮ですが)、毎回、「体脂肪率が下がったのー」とか「お肌がスベスベになったのー」とか「ウオノメが治ったのー」とかいうような、あの記号的な絵柄の上では何の変化もないうえに、それは戦闘にとって何か意味のある「変身」なのかと頭を抱えさせるようなギャグになっているのだが、この「変化ともいえないような変化」「差異ともいえないような差異」は、幻影的で実体のないシミュラクル的差異に覆われている現代社会への密やかかな皮肉なのかもしれない。)

[2008.8.28]
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アイドル神話の崩壊へ ──超簡略版モーニング娘。前史1

 筆者にはアイドルの歴史を実証的に事細かに記述する能力も、その意思もなく、また本論の目的から言って、その必要性もないと思われるので、以下ではアイドル史の一時期について、歴史哲学的暴力を遺憾なく行使して、ごく単純化して素描するにとどめる。
 その一時期とは、アイドル神話が崩壊する時期、「アイドル」が純粋な憧れの対象ではなくなっていく過程である。

 斎藤美奈子『文壇アイドル論』の文庫版(2006)の「解説」で小説家松浦理英子が述べている一文を引用する。(前略)「アイドル」ということばであるが、十代の歌手が単なる人気者、憧れの対象という意味ではなく、〈アイドルという規格で売る商品〉〈アイドルというジャンルに属する歌手〉の意味で「アイドル」と呼ばれ始めたのもちょうど八〇年代であった(後略)
 松浦理英子がアイドルに関してどれほど知っているかは分からないが、この記述は、マニアなどではない普通の一般人が持ちえた標準的なアイドル理解を物語っているだろう。ここで述べられている「アイドル」の変質は、アイドル神話の崩壊を物語る徴候であり、本論の論旨に沿って言えば「アイドルが文化産業によって生産された大衆消費的な商品であることがあからさまになった」と言い直せる。80年代にそのような変質が生じたというより、アイドル神話が神話にすぎず、実際のところアイドルは文化産業が生産する規格商品なのだという味気ない事実が、広く一般に認識・共有されるようになった、とみるべきだろう。
 アイドル神話が失墜し、物語の虚構性が顕わになり、「アイドル」からは神秘的なオーラが剥奪される。そして、そのことが80年代末からの「アイドル冬の時代」を準備したと要約できるだろう。
 アイドル神話崩壊期を代表する人物として松田聖子が挙げられる。1980年にデビューした松田聖子は、まさに80年代のアイドル歌手を代表する存在だが、同時に彼女には、ほぼ常に「ブリッコ」という揶揄的な形容詞が付きまとってもいた。
 一方では、あの「聖子ちゃんカット」と呼ばれた(ダースベーダーのヘルメットを乙女チックにしたような)髪型を、少女たちの多くがマネするような憧れの対象であり、少女たちにとっての規範的存在でありながら、他方には、彼女は清純なフリをしているだけ、アイドルという理想像を演じているだけ、つまりは「ブリッコ」なのだ、という醒めた批評にも晒され続けた。
 80年代を象徴するアイドル歌手松田聖子において、まさにアイドル神話(国民的アイドルという幻想)は綻びかけていた。
 しかしその反面、「ブリッコ」という揶揄は、アイドルという価値そのものの否定ばかりを意味していた訳でもないだろう。アイドルという純粋で崇高な価値はこの現実の世界ではないどこか別の場所に温存されており、松田聖子はその価値を正しく体現していないと看做されたがゆえに「ブリッコ」と批判されたのではないだろうか。おそらく松田聖子を「ブリッコ」と揶揄する者自身が、それでもどこかには「ホンモノのアイドル」がいるはずだと信じつづけ、崩壊しかけたアイドル神話にしがみついていたのではないか。

[2008.8.29]
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「80年代は女の時代」フェミニズムの高まり ──超簡略版モーニング娘。前史2

 前節では「いわゆるアイドル」が「文化産業によって生産された大衆消費的な商品であることがあからさまになった」ことにより、アイドル神話の地位が失墜したという経緯を述べた。それは、言いかえれば、自分たちが与えられている「アイドル」とは、その人物の実像とは乖離した虚像・虚構である、という事情に大衆が気づいてしまった、ということだ。
 また同時に、80年代を通じて、本来的な「理想的なアイドル」という観念自体にも、陰りが見えはじめたと言えるだろう。特に「女性アイドル歌手」という領域に於いて。
 「女性アイドル歌手」に限って話を進める。
 そもそも正統派アイドル、理想的アイドルが体現する価値とは、つまるところ「清純」ということだった。清く正しく美しい大和撫子を象徴する存在、理想としての女性像を体現する存在、それが正統派アイドル。
 しかし80年代にフェミニズム運動が国内で大きな盛り上がりを見せ──「女の時代」という流行語が威勢よく叫ばれ──その「清純」という価値自体の女性差別性、イデオロギー性が、問題視されるようになった。
 清純であれ、無垢であれ、ということは、性的に無知であることを女性に要求することであった。それは、姦通罪では女性だけが死罪になるような時代、嫁入り前に女性が性交渉することは断じてあってはならない時代、ましてや現在のように誰もが当たり前のように「出来ちゃった結婚」することなど思いもよらないような前近代的な時代の価値観、過去の遺物である。「清純」や「処女性」が、女性差別的な社会構造を堅持するためのイデオロギーであることは、今や明らかになった。(これは「アイドルと恋愛」という主題を巡る最重要論点。後に項を改めて詳述する予定。)
 80年代も後半になると、そのような風潮の中で、「ミス・コンテスト」も女性の商品化、人権侵害として糾弾され、地方自治体主催の「ミス・コンテスト」などの廃止が相次ぐようになる。
 このような流れの中で、「女性アイドル歌手」は、清く正しく美しい大和撫子の象徴という牧歌的地位を追われ、女性差別、女性への搾取、商品化の象徴的存在となっていく。もはや女の子の憧れの対象などと言ってはいられない。その差別性が意識されるようになると、「女性アイドル歌手」は同性からの支持を失っただけではなく、おそらく正面切って「アイドル」を謳って売り出すこと自体が、商売のうえでも得策ではなくなっていったことだろう。

 (このようなフェミニズム的観点からみれば、松田聖子は「清純」を作為的に演じる「ブリッコ」だからこそ、そのしたたかさ、女性としての戦略性ゆえに支持されたのかもしれない。その後、彼女は、結婚しても、子供を生んでも、仕事を止めないという「新しい時代の女性のライフスタイルを象徴する存在」として同性の尊敬を集め、支持され続けることになる。)

 (80年代には、フェミニズムの高まりだけでなく、「サブカルブーム」によっても「アイドル」「アイドル歌手」という保守的な趣味がすっかり時代遅れのダサイものになってしまったように思われる。本稿では詳述しない。)

[2008.9.02]
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女子大生ブームから女子高校生ブームへ ──超簡略版モーニング娘。前史3

 70年代初頭までの政治的な熱狂の時代が過ぎ去り、「全共闘世代」の挫折の後に出現した「しらけ世代」が大人になったときには、日本は豊かな時代を迎えていた。それは高度大衆消費社会の実現とされた。それは未曾有の好景気に誰もが浮かれ、物質的な豊かさが何もかも薙ぎ倒してゆくような時代だった。「新人類」が台頭し「拝金主義」や「ブランド志向」が蔓延し、「ニューアカ」の流行により思想はファッション的にもてはやされ(そして表面的に消費され)、「ポストモダン」ブームが起こり、コツコツと何かを積み上げていくような堅実な生き方は古臭く既に無効であると宣言され、青臭い理想や夢は放棄された。重金属ではなくナイロンやプラスチックのテラテラとした輝きの時代。「軽さ」が称揚される時代。田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(81年)という小説や、糸井重里のコピー(一行数千万円とか言われた)を掲げた西武百貨店の「おいしい生活」キャンペーン(82年)などが、如実にその時代の空気を伝えていよう。努力、汗、根性、そんなのダサイじゃん、ネクラじゃん、クリスタルに毎日楽しく消費生活を謳歌すればいいじゃん、だって世の中豊かなんだし、ネアカで行こうよ。
 そのような没理想的で、現実主義的な、殺伐とした風潮の中、「清純」という古めかしい理想像を背負わされた「アイドル」を尻目に、女子大生ブームが起こる。83年に放送を開始した「オールナイトフジ」という深夜番組がその発端となったと言われている。素人に近い女子大生たち(オールナイターズと称された)をテレビに出し、性的好奇心と好色な視線の対象として消費するような、低俗でえげつないその傾向は、同番組の「あなたのパンツ見せて下さい」「女子大生初体験レポート」「小森のおばちゃまのロストバージン」などといったコーナー名にも如実に現われているだろう。下品であること、性的に露骨であることが称揚され、「清楚さ」などの価値は時代遅れとされていく。
 そして、水は低きに流れる、という言葉どおり(?)、女子大生ブームのあとには女子高校生ブームがやってくる。それは、大衆社会とそれを先導(それに迎合)する大衆メディアが許容する性的欲望対象の年齢の下限が低下したということだ。つまり女子高校生を好色な目で眺めることが、大衆メディア(の前衛)において容認されたのである。その女子高校生ブームを代表し、その中核と目されるのが、85年放送開始のテレビ番組「夕やけニャンニャン」(フジテレビ)から誕生した「おニャン子クラブ」である。「おニャン子クラブ」が出した曲「セーラー服を脱がさないで」「およしになってねTEACHER」(85年)が、「オールナイトフジ」の低俗路線を引き継いだものであることは明瞭だ(注1)。
 「おニャン子クラブ」は「オールナイターズ」の女子高校生バージョンだった。とすれば、それは果たして、伝統的な意味における「アイドル」だっただろうか。そうは考えづらいが、「いわゆるアイドル」という存在の地位も堕ちるところまで堕ちていたために、両者が結びつくことも容易だったのかもしれない。そして低俗な番組の中で「素人っぽさ」を売りにする女子高生であっても、一旦アイドル視されると、アイドルとしての愛好・執着・崇拝の対象となり、「アイドル」として「売れる」という事実が、やがてはアイドルとしての実質やオーラのようなものを形成していくところが、アイドルの弁証法の摩訶不思議なところでもあるかもしれない。
 消費社会(文化産業)が有無を言わせず口に流し込む美酒(?)に酩酊した大衆の目には、粗製濫造された商品に「アイドル」のファンタスマゴリー(幻像)が見えたのかもしれない。(この話をベンヤミンの議論へと接続できるのかもしれないが、深追いはやめよう。)
 もはや「アイドル」は、テレビ番組でもてはやされてさえいれば「素人っぽい」だけの女子高生でもよくなった。お茶の間で、家族揃って応援できる「国民的アイドル」とは程遠い性的欲望と視線の対象としての「アイドル」。それこそが、没理想的で現実主義的な80年代と言う時代にもっともふさわしいアイドル像なのかもしれない。「おニャン子クラブ」は、「アイドル」が、お手軽で、安易で、安っぽい存在になりさがったことを象徴する(注2)。一テレビ番組が、そこらへんに普通にいそうな(だがちょっと可愛らしい)女の子を連れてきてスタジオに座らせておき、芸人にいじらせたり何かさせたりしてテレビに映しておけば「アイドル」は出来上がってしまう。メディアの力で「アイドル」を生むことは難しいことでもなんでもない、という事情をあからさまにしてしまった。
 「おニャン子クラブ」によって「アイドルオタク」という存在が確立したという見解がアイドルオタク(マニア)の中にはある(注3)。その真否は分からないが、それが当事者による確実な証言であるにせよ、それはアイドルにとってもファンにとっても一概にいいことではないだろう。
 アイドルがオタク化する、言い換えれば、オタク専用の受容対象になるということは、裏返せば、アイドルが大衆的な受容の対象から脱落するという事態でもある。
 山口百恵やキャンディースやピンクレディや松田聖子や中森明菜は、一家団欒の中で普通に話題に出来る存在、「国民的アイドル」、いわば大衆文化の花形であった(従って、彼女らのファンであることは、一向に「オタク」ではなかった)。だが「おニャン子クラブ」の時代にはアイドルはこっそりと隠れて話題にするような存在、堂々とアイドルずきを公言することが憚られるような存在へと変貌した。アイドルは時代遅れ。アイドルは恥ずかしい。アイドルに執着するのはカッコ悪い。「おニャン子クラブ」にその責任があると一概には言えないだろうが、その時代においてアイドルの物語は間違いなく暗黒面に突入し、「アイドル冬の時代」に向かって肌を刺す北風が吹き始めていた。
 このように「アイドル冬の時代」へと向かう流れが「アイドルオタク」の成立の下地となった。あるいは、「冬の時代」と「オタク」とは、「アイドル神話の崩壊」という同じ母から生まれた双子だと言ったほうがいいだろうか。


(注1:83年ごろから性行為の隠語として「ニャンニャン」「ニャンニャンする」という表現が若者の間で流行した。85年の「夕やけニャンニャン」という番組名はその流行語を取り入れたものであり、「おニャン子クラブ」は「性行為をする少女のクラブ」という限りなく低俗な意味合いを帯びている。メディア以外の社会現象としても同じ85年には「テレクラ」が登場して、その後の少女による「援助交際」の流行への流れが兆しはじめていた。)

 (注2:これは当時、「アイドル」にはほぼ無関心だった筆者の、当時の正直な印象そのものでもある。ちなみに余談だけれど、筆者がちょっと好きだった当時のアイドルは沢田研二(アイドル?アイドル!)、岡田有希子、戸川純(アイドル??アイドル!!)、など。沢田研二はセクシーなのにお茶目で面白く、岡田さんは真面目そうで、戸川さんは心が痛くなるほど可愛らしかった)

 (注3:『「おたく」の誕生!!』(宝島社文庫)所収の古橋健二「C級アイドルに人生を捧げた聖職者!」による。ちなみに、同コラムには、アイドルマニアの誕生が、「アイドルとファンの関係」が「対物関係」になったこと、つまり「アイドルが経済商品になった」ことと同時的であった、という当事者の証言も収録されている。)

[2008.9.05][9.06注を追加]
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「アイドル冬の時代」 ──超簡略版モーニング娘。前史4

 「アイドル冬の時代」というマスコミ的な標語は、アイドルシーンの商業的な冷え込みを言い表しているだろう。しかし問題は、単に「アイドル」の数が減少し、アイドル市場の経済規模が縮小したということではない。いわゆる「アイドル」が、露骨に性的な関心の対象でしかないような低俗な意味あいを強めるにつれ、それはお茶の間の共有財産ではありえなくなり、大衆文化の花形の地位を追われ、サブ化=オタク化する。そして「アイドル」が蔑視、軽視、嘲笑の対象となる結果、真のアイドル性を持った、純粋に憧れの対象となるような存在は、逆に「アイドル」とは呼ばれなくなったのではないだろうか。
 典型的には吉永小百合などに代表されるような正統派アイドル、美しく、明るく、健康で、賢くて、気持ちがよく、イヤミがなく、誰からも愛されるアイドル、まさに「国民的」なアイドルは生まれづらくなった。そういう事態になってから「国民的アイドル」という言葉がメディアで流通しはじめたのは、なんとかしてそれを人為的に作出したいという文化産業の願望や危機感や焦りの表れかもしれない。
 殺伐とした時代の中で、そういう稀有な存在自体が絶滅してしまったという訳ではないだろう。そういう稀有な存在はアイドルや芸能界を目指さなくなっただけなのだ、とも考えられるし、単に、「アイドル」という言葉では呼ばれなくなっただけなのだとも考えられる。アイドル的存在が「アイドル」と呼ばれることを拒み、その呼称を忌避する時代の到来。それは、「アイドル」というジャンルが魅力的な人材を引き寄せる吸引力を失ったアイドル過疎化の時代と呼んだほうがあるいは実情にあっているかもしれない。冬が過ぎれば春の訪れが期待できるが、過疎化した村が再び活気を取り戻すことはまったく保証されていない、という意味で、それは事態をより適切に言い表しているように思える。

 「アイドル冬の時代」がいつ始まったか、それはおそらく年号として特定できるものではない。一説には「おニャン子クラブ」の解散(87年)によってそれが始まったとも言われる。しかし「清純」という旧来的価値とは正反対の性的興味に訴えかけることで人気を博したグループの解散は、アイドル神話の失墜よりもむしろ「女子高校生ブーム」の終息との関連が強いように思われもする。それは女子高校生を性的対象とみることが下火になったことではなく、むしろ逆に、それが大衆的精神風俗の沸騰する最前線から退き、もっと一般的に拡散して、ありふれた日常の光景として定着したことを意味するだろう。「性的客体としての女子高校生」が常識化することで、その象徴的存在としての「おニャン子クラブ」の意義が失われたのかもしれない。
 あるいは、アイドル神話に最終的に引導を渡した事件は、84年に歌手デビューした岡田有希子──彼女は「清純」という旧来の価値観を体現する遅れてきた正統派アイドルだったと言えるのではないか──が、わずか2年後の86年に飛び降り自殺という惨たらしい方法で自らの人生に終止符を打った事件であったかもしれないが、これは勝手な空想・憶測に過ぎない。ともあれ、少年少女の理想と憧れの象徴たるべきアイドルと、途方もなく悲惨な自殺という行為が、到底相容れないことは確かだろう。そしてアイドルも自殺するという厳粛な事実が与えた衝撃が、アイドルから最後の神秘のヴェールを剥ぎ取ってしまったとしても不思議はない。(彼女の不幸な死に引き続いて起こった連鎖的な後追い自殺は、あるいは、「アイドル」と「自殺」とが結びつくような厳しい現実を受け入れることが容易ではなかった事情を示唆しているのであろうか。)
 写真週刊誌に特級クラスのスクープとして掲載された、路上に横たわる死体の惨たらしい写真は、時代が「写真週刊誌の時代」であることを強烈に印象づけた。それは牧歌的なアイドル神話が無傷で生き延びることを許さないような殺伐とした時代の到来を告げる出来事であったかもしれない。

 もちろん「冬の時代」が訪れても、いきなりアイドルが全滅したわけではなく、アイドルは生き残り、また新たに生まれ続けてもいた。過疎化した僻地の村にも新たな命が誕生するように。しかし、その多くは、寂びれたアイドル村に生まれた出自を恥じて隠そうとするかのように、「アーティスト」や「ガールズポップバンドのボーカル」や「CMモデル」などを名乗り(既述したアイドルの呼び換えの普及)、あるいはマイナスイメージを力尽くでねじ伏せようとしてか「国民的美少女」などという不遜なレッテルを敢えて貼り付けて売り出される。
 レッテルだけではなく、その時代のアイドル的存在の実質をみても、かつてのいわゆる「アイドル歌手」という枠組みでは捉えられない活動(=売り方)がなされたことも確かだろう。「冬の時代」のアイドル的存在たち(森高千里、宮沢りえ、「レベッカ」「プリンセス・プリンセス」、広末涼子、SPEED、その他その他)は、いずれも、かつての黄金時代の「アイドル歌手」、山口百恵、桜田淳子、森昌子、キャンディーズ、ピンクレディ、松田聖子、中森明菜などと同列に論じることは出来ない。

 また、生き延びたいわゆる「アイドル」自身(及びその受容者)においても、「アイドル」(という観念)に対する距離の置き方が変わったことは確かで、それを象徴するのが85年に発表された小泉今日子の「なんてったってアイドル」という曲の大ヒットだろう。作詞者の秋元康はその歌詞の中で、アイドル的価値が虚構、幻想、タテマエであることを暴露し、それを時代を代表するアイドル自身に歌わせた。自らが虚像の体現である事を告白しながら、しかも同時にそれをやめられないと歌うことは、偽悪的な気取りか、それともやけっぱちの開き直りでもあろうか。

[2008.9.06]
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モーニング娘。にとって「アイドル」とは何か(問題の再提示)

 前項までに記した、いかにも粗雑な歴史の要約は、筆者の無知を晒すものでしかない。けれども不十分ではあっても、ある程度の歴史意識や認識を共有しておくことが、この文章の主要主題であるモーニング娘。について検討するための前提として有意義だと思われた。それが、非力を承知で前史の略述を試みた理由だ。この前史は、ごく常識的で平凡なものにすぎないと思うが、ことによったら力点の置き方に多少の特徴はあったかもしれない。その特徴は、以下のモーニング娘。と「アイドル」との関係の考察において、それなりの意味を持ってくるはずである。

 前項までの検討で示したとおり、歴史の変遷の過程で、アイドルに対する大衆的評価、アイドル概念は、ほぼ完璧に失墜しており、アイドル神話の脱神話化は、大筋では、モーニング娘。誕生のはるか以前に終わっていたと言うことができる。したがって、モーニング娘。の時代においても「アイドル」が、かつての理想的アイドル像を言い表す牧歌的な概念として通用していると考えるのは、非歴史的で抽象的な認識だと言わねばならない。
 すでに「アイドル」が低俗化しつくした状況下で、モーニング娘。が「アイドル」として出現したことの意味をこそ、わたしたちは検討しなければならないはずだ。このようなアイドル概念の歴史的変遷を無視して「モーニング娘。はアイドルか否か?」と、抽象的な問いを問うことは、まったく無償の饒舌と言う他ない。
 (しかし、あるいは大衆文化はそもそも非歴史的なものなのかもしれない。受容する側の世代が移り変われば、歴史は忘却され、古ぼけた過去の遺物が、涼しい顔で新しい価値として大手を振って歩く。消費社会的永遠回帰こそが、大衆文化本来のありようなのかもしれないが。)
 そのときすでに、アイドルは地に堕ちていた。大衆文化的共有財産としての価値はほぼ摩滅し、それによって、「女性アイドル歌手」は、サブカルチャー的消費、オタク的受容にふさわしい日陰の存在になり、そこでこそ熱狂的に受け入れられる存在になっていた。しかし、ではモーニング娘。は、最初から対オタク限定の商品として売り出されようとしていたと言えるのだろうか。
 たしかに、モーニング娘。はその当初からアイドル的な楽曲と衣装、アイドル的な売り方で出発したと言えるが、では一体、その時点でモーニング娘。と「アイドル」とはどういう関係を取り結ぼうとしていたのか。
 それは、冗談抜き(ガチンコ)で、アイドルの復活・復権を目指す試みだったのか。
 あくまでもテレビのバラエティ番組の中で弄ぶための、ネタ・冗談・ギャグのようなものだったのか。
 それとも、むしろ馬鹿馬鹿しさを笑う退廃的番組のなかで、まさに馬鹿にすべき対象として、斜に構えて「ナマ温かく見守る」べき対象だったのだろうか。
 モーニング娘。はほんとうに「アイドル冬の時代」を終わらせたのだろうか。
 あるいは、その後モーニング娘。に冠せられた「国民的アイドル」(注)という称号は本物だったのだろうか。それは皮肉やパロディとしての称号だったのではないのだろうか。

 (注:「国民的アイドル」という幻想とモーニング娘。の関係については、既に新垣里沙を襲った逆風についてでも言及しているので、参照されたい。本論では、その幻想の内実についてさらに詳しく検討を試みる予定である。)

 以下では、時系列を適当に無視しつつ、様々な観点から、モーニング娘。とアイドル概念との関係を検討していきたい。

[2008.9.25]
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『ASAYAN』(1) ──虚構と現実の境界の曖昧化

テレビメディアの動向

 モーニング娘。はテレビ東京の『ASAYAN』という番組から生まれた。『ASAYAN』がなければモーニング娘。はなかった。(だから我々は、お父さんお母さん生んでくれてありがとう、というように『ASAYAN』に感謝しなければならない立場にある。)
 しかし筆者個人は、この番組について詳細に語る能力はないので、重要なポイントについてのみ、ごく簡単に触れるに留めたい。

 「リアリティ番組」と呼ばれるジャンルのバラエティ番組が、90年代末当時、世界的に流行しはじめていた。それは、プロフェッショナルなタレントが綿密な演出の下に作り出す完成度の高い番組=虚構よりも、むしろ、素人(一般人)の「素の反応」「生の反応」、いわばハプニング的な要素を主な売り物とする番組であると言える。素人のオーディション参加者を出演させ、メジャーデビューを夢見て、番組が与えた課題を克服していく様をドキュメンタリタッチで描いていく「オーディションバラエティ」『ASAYAN』は、この世界的なメディア的流行の流れに位置づけることが出来るだろう。(「素人の時代」とも喧伝されたこの傾向は、『モーニング娘。』や『野猿』へとつながっていくものでもあろう。)
 このような番組がひとつのジャンルをなすほどに流行した背景には、大衆(視聴者)の、「いかにも作られた虚構」「よく出来た番組」よりも、より現実的なものを見たい、見え透いた作り事には飽き飽きだ、テレビの中の世界にも「リアリティ」を求めたい、という願望があった。事実はテレビ番組よりも奇なり、という訳だ。
 「もっと現実を!」という傾向は、例えば、芸能人の「テレビ向けの顔」ではなく「素の表情」が見たいという欲望を『どっきり』系の番組で満たすことになるし(寝起き姿の公開など)、『金曜おもしろバラエティ/さんまのテレビの裏側全部見せます』(1985 CX)のように、テレビ番組はどうやって作られるのか、という「現実的」な側面をテーマにした番組も産み出した(注)。
 もちろん、これらが見せるものは現実ではなく、見せていい部分だけを巧みに編集し構成したドキュメンタリ風の「虚構」、すなわち反虚構を標榜する擬似的現実にすぎないことは言うまでもない。だから、これを単純に現実と虚構との境界の曖昧化と呼ぶことはできないだろう。むしろ虚構がより巧妙に大衆を騙すことを求められるようになった、と言うべきなのだ。しかし、このように現実を装った虚構、偽装された「現実」がメディアを通じて氾濫し、大衆の生活の中に流れ込み、大衆が受け取る情報の多くを占めるようになってくると、大衆の意識の中で、現実と虚構との境界の曖昧化というべき現象が実際に起こったのだと言えるかもしれない、後に加護亜依が『あいのり』をドキュメンタリと呼んでしまったように。
 それ以前に、そもそもわれわれの社会的現実とは、大小様々な虚構・物語・制度の集積そのものであった。それを「共同幻想」(吉本隆明)と呼んでもいいし、「全ては幻想である」(岸田秀)ということも出来るだろう。それらの社会を構成する虚構は、宗教的権力や政治権力によって正当性を担保されていたし、あるいは曖昧模糊とした《世間》の構造、非集権的権力システムが物語を通用させ、抗いようのない我々の「現実」・事実性として強要していた。それらは共同体の構成員の社会的現実や意識を規定・統制し、社会秩序維持のため機能する。
 現代的巨大メディアが垂れ流す虚構=擬似現実もまた、同様に機能していると考えられるが、その物語は共同体の安定を志向するというより、むしろ、端的に、視聴率・売り上げという商業的指標によって組織されると言えるだろう。その結果、我々の「現実」も、意識も、社会も、すべてが利潤という原理によって編成され、全面的に商業化されようとする。それが我々が持ちえるメディアというものであり、「消費社会」の真実の姿だと考えられる。
 テレビのバラエティは「数字」の取れるクイズ番組やお笑い番組に席巻される。しかもクイズ番組は知識量を競うより「おバカ」な答えを笑うためのものになり、お笑い番組は芸達者を気長に育てるなどという悠長なことはせず、目新しい新人を発掘・捏造しては使い捨てる場になる。ニュース番組でさえ、ニュースの取り上げ方は、いかに視聴者の関心を惹きつけるか、他者よりも「数字」が取れるか、それだけを問題にするようになる。その結果、ニュースを通じて我々が知りえると信じる「現実」は、我々の欲望を映す鏡となる。その巨大な同語反復、自家撞着的な迷宮の中でわれわれが果てしない堂々巡りを強いられている裏では、われわれが決して知らされない現実が静かに進行しているが、われわれはそれを知りたいという欲望すら奪われている。それでもわれわれはメディアは知的関心や好奇心を満足させたり教養を高めたりしてくれるものだという信仰・幻想に安住してしまう。なんとおめでたい群畜であろうか、われわれ大衆は。
 「リアリティ番組」の「リアリティ」も、もちろん上記のような擬似現実に他ならず、その絶大な幻惑的効果によってわれわれの《現実》を虚構化し、われわれから《現実》を奪い去る。

テリー伊藤の仕事:テレビのテレビ

 『ASAYAN』は、その前身である『浅草橋ヤング洋品店』という番組がリニューアルしたものである。この番組の総合演出はテリー伊藤が担当していた。彼は、1996年3月まで、『ASAYAN』に関わっている。それはモーニング娘。が誕生したオーディション以前の話であるし、彼が演出を降板した後で、オーディション企画「コムロギャルソン」が拡大して、番組全体が「夢のオーディションバラエティー」へと変化したのだから、テリー伊藤の功績とモーニング娘。の関連は薄いと言うべきかも知れない。しかし、それ以前の彼の仕事の特徴は『ASAYAN』にも影響しているだろう。テレビによる現実社会への積極的な介入(たとえば『元気が出る商店街』の企画)、それによるテレビ的虚構と現実との意図的な融合を目指す傾向。テレビメディアの持つ圧倒的な力をオモチャにして遊ぶ感覚。テレビそれ自体をテレビ番組の主題とする、いわば「テレビのテレビ」とも言える傾向。これらはテリー伊藤だけの特徴というよりテレビ界の全般的な傾向と言うべきだろうが、テリー伊藤は特にこの傾向の番組作りに優れた手腕を発揮したとは言えると思う。テレビには現実社会や大衆を動かす大きな力があるという自覚や自信は、やがて、5人が5日間で5万枚のCDを手売りするという企画の成功へとつながっていくに違いない。

『ASAYAN』が見せた擬似現実

 『ASAYAN』は「オーディションバラエティ」と銘打たれていた。「バラエティ」という語には、メジャーデビューに向けてのすったもんだそのものを主題化する意図が明示されている。つまり、オーディションの結果として歌手が誕生しプロとして活動していく(であろう)こと自体は単なるオマケに過ぎず、番組の主眼はメディアが歌手を作り出していく過程そのものにあるということである。
 「オーディション」という番組が用意したイベント(擬似現実)をドキュメンタリタッチで描く『ASAYAN』は、擬似現実的虚構が紡ぎだす物語に視聴者を巧みに巻き込み、視聴者自身を参加者として取り込むことに成功したと言えるだろう。
 既述したテレビメディアの動向と、モーニング娘。の誕生は、深く結びついている。オーディション参加者という素人の動向を主題とする「リアリティ番組」の傾向。そしてテレビの力を駆使して作り上げる巨大なイベント(擬似現実)。原モーニング娘。たちの明日をも知れぬ運命という「現実」がテレビによって見事に演出され、巧みに作りあげられてゆくのだが、その一方で、原モーニング娘。のメンバーたちはその虚構的現実の中で、《現実に》汗や涙を流しながら懸命に生きていたのだ。自分達は、テレビ番組に踊らされている、企画物にすぎない、という自覚を同時に持ちながらも。
 のちに「モーヲタ」を形成することになる『ASAYAN』視聴者の視聴の傾向には、3つの型があったと言うことができる。(1)全く「物語」の内側に入り込んで視聴している型、(2)「物語」の成り行きを楽しみつつ、同時に「物語」の枠組み自体を意識的に見ている型、(3)「物語」の枠組みだけに興味を持つ型。おそらく(1)と(2)型の視聴者が中心となって、後に「モーヲタ」が形成されたのであろうと考える。そして筆者の私見では(2)の層にこそ「シラけつつノる」つまり、仕掛けを認識しつつそれが仕掛ける物語を楽しめるという《オタク》に特徴的な受容態度が現われているように思われる。
 この三つの型をモーニング娘。のメンバーに当てはめてみると、飯田圭織、安倍なつみは(1)型、中澤裕子、石黒彩は(2)型、福田明日香は(3)型に対応する(正確には(3)に近い(2)と言うべきか)のではないだろうか。

 あの5万枚はね。もう、なっちの一生のたからもん。
 安倍なつみ『ALBUM 1998-2003 abe natsumi』(026頁)より引用
 (略)私たちのユニット名が決まった。
『モーニング娘。』
 最初は悪い冗談だと思った。
 モーニング娘。……これ本気? スタジオのお客さん笑ってますよ〜。つんくさんマジで言ってんの?
 私には、本気で言っている様に見えなかった。どっか楽しんでる風で。
 恥ずかしかったな。ヘンな名前。
 中澤裕子『ずっと後ろから見てきた 〜30歳がどないやねーん!!〜』(124頁)より引用(強調は引用者)
 モーニング娘。としてデビューした当時、
「君らは下駄を履かせてもらってデビューしたんだよ。恵まれてるんだよ」
 と言われた。
 それはラッキーだった、と喜んではいけないということなの?
「5万枚CD売ったことなんて別に苦労でも何でもない」って。
 でも楽じゃないですよ。それをやらなきゃ未来がなかった私らの気持ちなんて分からないですよね?
 (中略)
 こっちは真剣・必死にやってんだぞっ! こんなことに絶対負けへんで!
 中澤裕子『ずっと後ろから見てきた 〜30歳がどないやねーん!!〜』(142-143頁)より
 "私らって企画で始まったグループやん。簡単に解散させられそう"
 中澤裕子『ずっと後ろから見てきた 〜30歳がどないやねーん!!〜』(148頁)より引用
 (略)わたしたちがそういう企画にはめこまれてたんですよね。そんなことも知らずに、頑張ってましたよ。番組のスタッフはねぇ、本当に面白いんだと思いますよ。私たちが踊らされてるのが。

 でも、かなり真剣でしたからね、本人は。
 福田明日香『もうひとりの明日香』(058頁)から引用(強調は引用者)

 すべてがテレビバラエティ番組が産み出した虚構、擬似現実、イベント、企画物であるという醒めた認識とともに支持されたモーニング娘。、「ヤラセ」としてのモーニング娘。は、出発点からすでに脱神話化された「アイドル」だったと言える。
 虚構は虚構として理解しつつも、それを愛する「シラケつつ、ノる」態度を、ここではオタク文化的受容様式と呼んでおきたい。そして、その一方で、それらすべての虚構を疑いなく受け入れ、「物語」に純粋に(ベタに)「ノる」、澄んだ瞳と純粋な魂を持つファンたちも同時に生まれた。これをここでは大衆文化的受容様式と呼んでおきたい(ただしこの「大衆文化的」という語には否定的な意味合いはない)。モーニング娘。は、『ASAYAN』で誕生したその当初から、この2種類の受容様式が混在する緊張関係の中で、大きな人気を勝ち得ていったように思われる。
 この事情は、モーニング娘。における「批判的アイドル」の側面と「純粋な(ベタな)アイドル」の側面との混在とも言いかえられよう。そして、この相矛盾する側面相互が織り成す弁証法的運動の過程が、モーニング娘。の歴史の一側面(しかし本質的な側面!)を形成するのだと言えるだろう。


 (注:テレビの裏側(作られ方)を主題とする番組の傾向は、もちろん現在に至っても連綿と続いているし、テレビ的な日常そのものになっている。テレビの出演者が「ここはオフレコで」「カットしてください」「どうせ使われないけど」「"ピー"入れてください」などと発言する。あるいは画面には映らないことが前提であるはずのスタッフの存在を話の中に登場させる。画面にも写す。「見切れる」というタブーの緩やかな廃止(=テレビとは作り物なのだという「現実」の暴露)。あるいは、出演者がスタッフの真似事をする。テレビを作る遊び、テレビごっこ、これはモーニング娘。にはお馴染みの光景でもある。中澤裕子がADとしてカンペを出したり、紺野あさ美が調整卓の前でスイッチを押したり、テレビカメラを操作してみたり。実際にハンディカメラを持ってメンバーが撮影した画像で番組を構成すると同時に、撮影している姿そのものを番組の内容として描く「亀重問答」など。NGの特集。ハロモニ「コントの作り方」。『ガキカメ芸術劇場』では投げ入れの過程がドキュメント化され、さらにクイズにまでなってしまう。)


 (備考1)「和田マネ」という存在は『ASAYAN』という番組で重要な役割を演じていた。現実にマネージーとしてアイドルを管理・指導しつつ、メディアに露出して、「マネージャー」の役割を演じ、時には事態を進行させる立役者ともなる。その存在の二面性は、本項で既述したようなテレビメディアの現代的状況や、『ASAYAN』という番組の性格を身を持って体現していたと言えるだろう。それは同時に、モーニング娘。そのもののありかたを象徴してもいた。「和田マネ」という記号は、初期モーニング娘。に欠かせない本質的な構成要素であったと言えるだろう。


 (備考2)ここでいう「オタク文化的受容様式」とは、岡田斗司夫が『オタク学入門』の中で述べたオタクの特徴の一つに、筆者がとりあえずつけた名称である。例えば、特撮物オタクは、模型飛行機を釣り下げているピアノ線が見えたり、それが技術的な問題でヨタヨタと飛んだりすることを面白がり、それを愛する。アニメオタクは予算や人員や日程の制約で同じ絵を何度も使いまわしながら物語が描かれるという大人の事情を理解しつつ、子供っぽいストーリーに本気で感動して涙することができる。オタクとはそのようなメディアの制作者側の事情に対する熱烈な関心と、その不備をも慈しむような度量の深さを持った存在とされるのである。このようなオタクの特徴がオタクに必須の条件ないし資格であるとするなら、「アイドル」の制作者側の大人の事情を必死に拒絶するような、現在の一部「モーヲタ」の態度は、はたしてオタクと呼ぶにふさわしいものなのだろうか、という疑問も生じるのである。そこには一種の退行があるのだろうか。

[2008.10.02]
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